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福岡高等裁判所 昭和41年(う)304号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は検察官樺島明提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護士山口伊左衛門、同谷川宮太郎、同阿部明男提出の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

同控訴趣意について。

記録によれば、原判決は一部を除きほぼ公訴事実に副うて、次のように事実を認定している。すなわち、

(一)  門司信用金庫(以下単に金庫という)労働組合(以下単に労組という)は昭和三七年四月一二日、同金庫従業員によって結成されたが、同三八年二月二日、右組合の行動に批判的であった組合員によって第二組合(以下単に従組という)が結成され、それぞれ独自の立場で使用者側と団体交渉を行っており、現在、労組構成員は四〇名、従組構成員は九〇名であり、使用者側に協調的である従組組合員とそうでない労組組合員との間にとかくのあつれきも生じ、親密さを欠く結果になっていたものである。

門司信用金庫は六支店がおかれ、北九州市門司区大里別院通二丁目所在の同金庫原町支店は中野利治支店長の下に従業員は労組組合員丸山修、近藤伊都子、中川紀美子富士孝子、広木行夫の五名および従組組合員一一名の計一六名からなり、右丸山修は同支店支店長代理で労組の副執行委員長であり、右近藤伊都子は労組原町支店支部の支部委員であった。

(二)  同三九年一〇月二日、全国の金融機関において一斉にオリンピック記念銀貨の交換が行われることとなり、原町支店においても同日午前九時からこれを行うこととし、中野支店長の指揮のもとに、混雑に備えて、あらかじめ引換係、整理係、整理券配布係を決め、同年一〇月一日同支店長は同支店の従業員全員に、翌一〇月二日は早目に出勤するよう指示したが、右同日、午前八時五〇分頃になっても、右銀貨の保管責任者である同支店の出納係中川紀美子が出勤していなかったため、同支店長は、自ら出納係のキャビネットから右銀貨を取り出し、枚数を数えた後、これを引換係に手渡し、もって出納係に無断で現金を取扱った。

次いで、同月三日、四日の両日、同支店労組員が一泊旅行をしたが、従来、従組員が一泊旅行に出発するときは同支店長から、同支店の現金を集めに来る富士銀行に対し、早目に来てくれるよう手配を依頼し、便宜をはかってやっているにもかかわらず、その際は何等これをしてやらなかったために、出発が遅れる結果になった。

(三)  右事実があったため、前記丸山修を除く同支店労組員四名は、憤慨して同月五日午后五時過から同支店長に右事実について抗議するため、同支店長と職場交渉をもったが、その際、同支店長が、支店長は場合により出納の現金を取扱う権限があること、労組員と従組員との差別待遇を意識的にやったことはなく、そのように感ずるのは労組員のヒガミであること、又出納の現金取扱いと関連して、現在、労組によって不当解雇の撤回運動が続けられている土井組合書記(元労組執行委員)の現金使込み事件が真実であるかのごとき趣旨の各発言をなしたこと、更にその応答の仕方、態度が横暴であったことから労組員四名の憤懣を買った。

(四)  そこで右中川紀美子は同日ただちに労組執行部に電話で右の事実を連絡し、これにもとづき、同執行委員会は、右同日右事実を討議した結果、支店長の現金取扱いは出納係職員に責任を転嫁されるおそれがあって、従業員の労働条件に関係し、差別待遇は組合員、特に労組員の団結権の侵害であり、土井書記に関する発言は不穏当であるとして、労組として同支店長の右発言内容の確認と善処方を要求するため同月六日に同支店長と団体交渉を行うことを決めた。

(五)  同月六日、午后五時頃、労組執行部氏家委員長、小橋、丸山両副委員長、同金庫小森江支店出納係で書記長である被告人日野、同金庫葛葉支店出納係で執行委員代理である被告人木村、村田、宇津井、山本各執行委員、土井書記は各々同金庫原町支店に赴き、同支店一階営業室裏の食堂内において、中央に備付けてある机をはさんで椅子にこしかけ、あるいは立ちながら前記近藤、中川とともに待機し、同時刻頃丸山、被告人木村がこもごも営業室に行き、それぞれ中野支店長に対し、「昨日のあなたの発言の内容について組合が話しあいたいといってきているから会ってくれ」と申し入れたところ、同支店長は「そんな必要はない」とこれを拒絶し、間もなく同人はそのまま帰宅すべく、営業室から食堂に赴き、同所の前記机の上に置いてあった同人のカバンを、机の前の椅子に坐っていた村田、被告人日野の肩ごしに取りあげ、そのまま同所の裏出入口廊下に通ずるドアに向って歩きはじめたところ、被告人日野、山本がこもごも「何故帰るのか。昨日あなたがいったことが重大なので、わざわざ来たのだから当然話に応ずべきではないですか」と声をかけ、土井書記が「私が使い込みをしたといったそうだが、それでは名誉毀損じゃないか」と詰寄り、氏家、小橋が、昨日の発言内容が真実か否か聞きたいと申し入れたところ、中野支店長は荒々しく「使い込みしたなどといっていない。」「現金の取扱いは支店長もできる」といい返し、「もう帰る」といいながら、前記食堂のドアの前まで歩き、そこで左手にカバンを持ち右手でドアのノブに手をかけようとしたため被告人両名は憤激し、

(1)  被告人日野は即時、同所において「言い放しで帰るのか。それでも支店長か」といいながら同支店長の帰宅を制止しようとして左手を同支店長の左手の上腕部の内側に差入れて掴み、右手で同支店長の左手の関節部分を握りおさえて引きとめ、支店長が「離せ」といってふりほどき、再び右同様の方法でドアをあけようとしてノブに手をかけると右同様の方法で更にひきとめ、再びこれをふりほどいてドアをあけ、同所から湯沸場横の通路を通り裏出入口の通路に至った同支店長に対し、氏家、山本が「二、三人で営業室の方で話そう」という声に応じて、右手を同支店長の右手上腕部にかけ、左手を同支店長の右手の関節部にかけ、おさえて引とめ

(2)  被告人木村は、即時、同所において同支店長の前方にたちふさがり、その帰宅を制止するため、両手掌で同支店長の胸部を二度にわたって押し

たものである。

というのである。

かく原判決は外形的に刑法所定の暴行罪の構成要件に該当する事実を認定しながら、(一)同支店長が被告人らの正当な団体交渉の申し入れを拒否したのは義務違反であり、(二)被告人らは同支店長に対し団体交渉に応じて貰うために帰宅を阻止しようとして偶発的瞬間的に手を下したもので被告人らの社会的危険性は非常に軽い、(三)被告人らの同支店長に対する法益侵害の程度性質は同支店長が侵害した労働者の団体交渉権の侵害に対比すれば極く軽いものであったとの三点を挙げ「被告人らの所為は反社会性が極めて軽微で違法性を欠くに等しく遂に違法性を阻却する結果となり、犯罪を構成しないものと解すべきである」として無罪の云渡をしたこと所論のとおりである。

原判決が被告人らの各所為を無罪にした理論的根拠を考えるのに、原判決は被告人らの所為が外形的には刑法所定の暴行罪の構成要件に該当することを認めたのであるからたとえそれが労働組合法一条一項に掲げる目的を達成するためにした行為であっても直ちに違法性を阻却されないとすべきところ、被告人らの各所為は前記(一)(二)(三)の理由により反社会性が極めて軽微であり、刑法所定の暴行罪が予定する程度の違法性を欠くのでその構成要件に該当しないというにあり、講学上いわゆる可罰的違法性の理論に従ったものと解すべきである。

然るに検察官は第一に原判決が刑法所定の暴行罪の構成要件に該当する事実を認定しながら違法性を欠くとして無罪を云渡したのは労働組合法一条二項の解釈適用を誤ったものであると主張する。

なるほど労働組合法一条二項は「いかなる場合においても暴力の行使は正当な行為と解釈されてはならない」と規定されている。

しかし外形的に刑法所定の暴行罪の構成要件に該当する行為には労働組合法一条二項による刑法三五条が適用されないとしても刑法三六条三七条等の違法性阻却事由が適用されることはあり得ると解すべきである。

原判決は被告人らの行為に対し労働組合法一条二項による刑法三五条を適用したものではなく、いわゆる可罰的違法性の理論により被告人らの所為は暴行罪の構成要件に該当しないというのであるから右の論旨は理由がない。

次に検察官は原判決は実質的違法性の判断にあたりその基準要件を誤っていると主張する。

なるほど侵害された法益が重大な場合にもなお超法規的に違法性が阻却される場合があるとして講学上いわゆる超法規的違法阻却事由が論ぜられる場合その要件として検察官が主張するように(1)行為の目的が正当であり、(2)保全される法益と侵害される法益とが均衡性を保つことの外(3)手段方法が相当であり、(4)かかる行為に出ることが緊急已むを得ないもので、(5)他にこれに代るべき手段方法が不可能又は困難であることが要求せられることは刑法が違法性を阻却する事由に厳格な要件を規定していることから考えて理解できるところである。

而して原判決は被告人らの行為について行為の目的が正当であること、その行為が瞬間的偶発的なもので被害も極めて軽微であることと侵害した法益は擁護せんとした法益に比べて軽微であることの三点に重点を置いて無罪と判断したことは所論のとおりである。

しかしながら原判決は前述のとおりいわゆる超法規的違法阻却事由により被告人らの所為の違法性を阻却するとしたものでなく、いわゆる可罰的違法性の理論により暴行罪の構成要件に該当しないと判断しているのであるから、検察官のこの論旨も亦理由がない。

原判決が根拠としたと思われる可罰的違法性の理論はある行為につき実質的違法性が可罰的な程度に至らぬ程微弱であるということを理由として行為の構成要件該当性そのものを否定するものであり、その判断の基準として(一)法益の侵害即ち実害ないし脅威の程度が軽微であり構成要件が予定する程度に達しないこと、(二)行為の態様が目的、手段、行為者の意思等諸般の事情に照し社会通念上容認される相当性があることが考えられるが、かかる場合は刑法の根本原則に則り、これを構成要件に該当しないと解して差支えないと解する。超法規的違法阻却事由が主として緊急行為的性格の法益侵害行為を念頭に置いて論じられるものであるからその要件として正当防衛ないし緊急避難に準ずべき厳格なもの特に補充性即ち当該行為が法益の保全のための唯一の方法と認められることが要求されるのに反し、可罰的違法性の理論においては補充性は必ずしも要請されない。けだし可罰的違法性の理論は緊急行為的性格の行為の正当化を目的としたものではなく、むしろ通常の社会的生活感情を強く刺戟しない程度の即ち処罰価値を欠く程度のものとして看過される軽微な違法行為を構成要件該当のらち外に放逐しようとするものであって、法益に及ぼす加害の程度が極く軽微であり、かつ加害の手段が特に社会一般の処罰感情を刺戟する程顕著な悪らつ性、粗暴性、破廉恥性を示すに至らぬことが要件とされているのであるから手段が社会的相当性を著しく逸脱しないという要請が自ら満されており、それ以上に補充の原則を要請する実質的理由に乏しいからである。

次に検察官の事実誤認の主張について判断する。

(一)  団体交渉申し入れの正当性について。

論旨は被告人らの同支店長に対する交渉申し入れの対象の内土井組合書記に対する不当発言と同支店長の現金取扱は団体交渉の適法な対象とならず、被告人らが同支店長に本件交渉申し入れをしたのは組合員の労働条件の改善を目的として、誠意をもって団体交渉を行なおうとする意図からではなく専ら団体交渉に藉口した同支店長に対する人身攻撃ないし吊し上げの目的でなされたもので、団体交渉権の濫用であるから同支店長がこれを拒否したのは相当である。原判決が同支店長の団体交渉拒否を不当であると認めたのは事実誤認であるというにある。

なるほど一〇月五日近藤伊都子ら労組員四名が同支店長と交渉した際同支店長において「土井書記がかつて同金庫葛葉支店勤務当時現金の使込みがあった」との発言をしたかどうかの問題は土井書記と同支店長両個人間の問題であるけれども、同支店長の現金取扱の問題は本件の具体的場合としては金貨引替を求める客が殺倒しておりこれに対処するため金庫の規則に従って同支店長が金貨を取扱ったことを非難する理由は存しないが、一般的に勤務時間到来前担当出納係の出勤を待たないで支店長が出納現金を取扱えば支店長から出納係への事務引継をどうするか、事故発生の場合の責任はどうなるのか等の問題を協議決定しておく必要があるからこの問題は労組と従組との差別待遇の問題とを共に団体交渉の対象となるものと認むべく、

これらの問題については前記のとおり前日同支店労組員と同支店長との間で一応交渉が持たれたけれどもその際の同支店長の発言が一方的でありその態度が高圧的であったとの報告を受けた労組執行部としては同支店長にその真意を確め善処方を求めようとしたものと認むべく、個人的名誉を害せられたと思惟した土井書記の如きは相当興奮していたと察せられるけれども、このことをもって団体交渉権の濫用ということはできず、他に被告人らの右団体交渉申入が同支店長を吊し上げるためだけの目的でなされたと認め得べき証拠はない。

勿論団体交渉を求めるためには予め日時、場所、交渉事項、交渉委員等について打合せた上でこれを求むべく、いきなり交渉に応ずることを要求することは協約の有無に拘らず相当でないけれども、同金庫においては従前から団体交渉申入に直ちに応じた例もあり、同支店長に於て差支があったり、又同支店には経営者側を代表する者は支店長一人であり対等に交渉することができないのであれば日を更めて本店から応援を求めて交渉に応ずる旨述べる等交渉申し入れに対応する回答をなすべきであるのに、唯「話す必要なし」とて申し入れに応じようとする態度を示さなかったのは団体交渉申し入れを不当に拒否したものと認むべく、原判決のこの点に関する事実認定に誤はない。

(二)  手段の相当性について。

所論は「被告人日野は三回にわたり同支店長の左手あるいは右手を強く後方に引張りその都度支店長を二、三歩後方に引戻し、又被告人木村は二回にわたり支店長の胸に手を当て、一、二歩後方に押戻した」ものであり、原判示のように「引止めた」というような軽いものではなく、より強度のものであったというにある。

しかし原審の証拠に当審の事実取調の結果を総合して考え合せると、原判決の判示しているような経緯により、被告人らから再度にわたり前日同支店長がなした発言内容について労組として話し合いたい旨申し入れたのに対し同支店長がこれに応じようとせず荒々しく一方的な発言をしたまま帰宅しようとしたため被告人らが一時の興奮に駆られ偶発的に支店長の帰宅を阻止するため被告人日野は同支店長の腕を掴み、被告人木村はその胸を押しその帰宅をはばんだのであるが、その時間は総計で一〇分間を出なかった事実が認められる。原審における同支店長の証言中には検察官の主張に副うような部分があるけれども、当審の事実取調の結果を綜合して考え合せると罵詈ざんぼうは同支店長が労組の申し入れを受けずに帰宅しようとしたためこれを非難してなされたものであり、被告人らが引っ張ったり押したりしたため同支店長の足の位置が動いたのも〇、一五メートルから〇、三五メートル位に過ぎず、これを「引張った」と表現しても「引止めた」と表現しても判決に影響を及ぼすような誤認ということは到底できない。

(三)  法益の均衡について。

論旨は原判決が「同支店長が受けた法益侵害の程度は極く軽いもので、労組の受けた団体交渉権侵害の法益に比しその性質程度とも及ばなかった」と判断したのは誤であるというにある。

労組側の団体交渉の申し入れに対し同支店長が何ら適切な措置を採ることなく問答無用式の態度に出たことは労組側の団体交渉権に対する重大な侵害である。個人の身体の自由はその生命の保全、精神の自由と共にすべての基本的人権の基盤をなすものであるけれども、原判示のとおり、被告人日野の所為は問答無用と云って帰宅しようとする支店長の腕を掴んで引止め、離せと云われればその都度腕を離した程度であり、被告人木村の所為も同様の程度のもので、暴行罪の典型的類型たる殴る蹴る等の所為とは異り、又同支店長が戸口から出たあとはこれを追おうともしなかったのであるから同支店長の被った法益侵害は労組側の被った団体交渉権の侵害に比し重大であったとは云うことができない。

同支店長の原審の証言中に同支店長がいたく恐怖心に駆られ事后興奮した旨の部分があるけれどもこれは同支店長が労組側と対等に話し合うことに不慣れだったところからいたずらに硬直緊張したためと察せられ通常の良識ある経営者の感覚をもってすれば異常ではないかと思われるのでこれをもって法益均衡の有無を判定する資料とはなし難い。

(四)  緊急性及び補充性について。

所論は本件団体交渉の対象は当日直ちに解決しなければならない程緊急を要するものでもなく、又同支店長が団体交渉に応じなければ本店との団体交渉にかけるなり不当労働行為として法律上の救済を求めることができたのに直接暴力を用いて支店長の帰宅を阻止したのは不当であるというのである。

この点は所論のいうとおりであり、被告人らの所為はこの意味において是認し難い。

しかし前述のとおりこれらの要件は前記超法規的違法阻却事由による場合には必要不可欠のものであるが、原判決の採る不可罰的違法性の理論においては必ずしも不可欠のものではない。

以上の諸事情を綜合して考察するに、原判決が被告人らの所為を微罪性のゆえに暴行罪として処罰を予想する程度の違法性を欠き暴行罪の構成要件に該当しないとして無罪を云渡したのは相当であり、事実誤認も法令適用の誤も認められない。論旨は理由がない。

そこで刑事訴訟法三九六条に則り本件各控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚本冨士男 裁判官 安東勝 矢頭直哉)

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